プロフィール

はじめまして、心理カウンセラーのハヤカワブンです。

「なぜ自分には悪いことばかり起こるのか?」

自分には自信がない 得意なことが見つからない

アダルトチルドレンの生きづらさを抱えている方へ

幼少期からの不自由な固定観念をひもとくことで

いままで隠れていた本当の自分があらわれ

すべてのことに感謝したくなる人生が始まる

人生の羅針盤メソッドを提供しています。

僕自身は、厳格な父親の干渉から解放されたくて、いつしか自分の感情を感じない

ようになりたくさんの心の痛み、悲しみを、心の深いところに押し込んで生きてき

ました。

その結果、人間関係のなかでさまざまな生きづらさを感じるようになりました。

さて、あなたにもそんな生きづらさを感じていませんか?

専門的なカウンセリングやコーチングを受ける場合には、専門家であるカウンセラー

との相性がとても大切になってきます。

以下に、僕の経歴や生い立ちについて書いてみましたので、よろしければご覧ください。

小3のころ過大な罪の意識がいじめを助長する

小学校3年生の時、じゃれあっていたのがいつしか喧嘩になり、倒れこんだ拍子に相手のほほが机の角にあたり傷がつきました。それが原因でいじめにあい、小4が終わるまで続きました。放課になるのが怖く、いつも相手から距離を取るように砂場などへ逃げ隠れてました。小5になるとき、学校が分割され、それ以降は離れ離れになりいじめの被害からは解放されました。今考えると相手にけがをさせたということが負い目となり、強く出れなかった自分にも原因があったと思いますが、当時は罪の意識もあり毎日が地獄でした。

小6のころ父親の行動に震撼し、それ以降感情を感じないようになる

小学校6年生のころ、当時うちは自営業で祖父と同居していましたが、何度も父と祖父は考え方の違いから言い争うことはありました。その日は祖父が顔面から出血して立ち尽くしてました。父が言い争いの末祖父に手を挙げたのだと子供ながらに推察しました。普段から厳格で感情の振れ幅が大きい父親とは意識的に距離を置いてましたが、その一件以降は、自分の親にさへ感情をむき出しに行動する父親から自分を守るため、己の感情を押し殺すようになり、何を言われ何をされても感情的にならないようになりました。

高3のころ父親に歯向かえず自分の気持ちに蓋をして大学入学

共通一次の成績が思った以上に高得点で、もうう受かったつもりで志望校を縛っていたらどこにも受からず浪人となりました。厳格な父親は、息子が浪人することを良しとせず、2次募集があった地方国立大学を探してきて、それに従って応募しました。幸い、合格し一旦入学しましたが、自分としては不完全燃焼で最初の一か月はこのままで良いのか悩みました。5月に入り、意を決して父親に再受験を懇願しました。思えば初めて父親に本心でぶつかった瞬間でした。

就職後、管理職になり部下に言った言葉が最悪な結果となる

大学卒業後、電機メーカーの資材部で、原材料の輸入や金属材料の調達を担当するバイヤー業務を行いました。やがて管理職になり、部下を思って言った言葉を部下が誤解し、それが引き金となり自殺しました。自分の言葉に自信が持てなくなり、夜中に2~3度寝汗をかきその都度寝間着を変えなければならない状態が続き、自身もうつ病になりました。自分はたしたことないと思っていたことが部下にとっては重大な意味があり、それを見て見ぬふりをして、表面上は何でもないようにふるまっていた自分が崩壊しました。町中ですれ違う人達が自信ありげに歩いているのをうらやましく思い、自分を見失いました。

休職中に個人コンサルを受け、自分にとって重要なこととそうでないことを知る

自分の言葉や仕事に責任が持てず、2年半の休職となりました。初めのころは、朝起きれなくて嫌な考えばかりが浮かんできました。自室で背もたれ椅子に座ってうつらうつらして一日が過ぎました。2週間毎の病院での診察は自分が病気であることをむしろ逃げ道にしていた感じです。やがて昼間は図書館通いなどして時間を過ごしました。休職中に参加した自己啓発セミナーで個人コンサルを受け、まず安直に会社を辞めない方が良いとアドバイス貰い、その言葉を胸に、少しづつ短時間勤務から職場に復帰を果たしました。特定のことで頭がいっぱいになり、他のことが考えられなくなる傾向がありますが、それも自分なのだと考えられるようになってきました。

過去の人間関係の間違いから学ぶことができず、同じ間違いを繰り返すことからの脱却

職場に復帰しましたが、部下の管理を含む管理業務は無理で、しばらく専門職として勤務しました。そんな折、会社から有利な条件での早期退職の案内が全社員にありました。会社組織を離れて、個人として自分の強みを生かした仕事がしたいと思い会社制度を利用して早期定年退職しました。個人となり、心理学関係の大学院の教授の勉強会で、ポジティブ心理学を研究し、セミナーで知り合った友人に刺激され、起業を決意し、合同会社を設立しました。自己の経験や大学院での研究から人生に迷っている人の伴走し、その人らしい生き方を見つける手助けをしたいと思い「癒し」をテーマに活動を開始しました。

以上に書かせてもらったような自らの体験や実際の日々のカウンセリングでの経験から、「ポジティブ感情」が、人々の心を癒す絶大な力を持つという信念のもと「なんども人生の危機を乗り越えたカウンセラーが導く人生の羅針盤メソッド」というカウンセリングを提供しています。

ここまで僕の生い立ちを読んでくださって、本当にありがとうございました。僕は心の底から、専門家としてあなたの力になりたいと思っています。